ぱんだの徒然日記

無二ぱんだが料理やスマホ、スイーツ、感じた事を紹介する雑記ブログ

津々浦々に想いを馳せて、毒親になる過程、心境

スポンサーリンク

スポンサーリンク

実家を離れて相方と新居へ越してきてから早5年目。

毒親なんて世間では言われていたり親ガチャなんて不謹慎な言葉が生まれている現代、ぱんだの育った家庭、両親もまた幼少期にたっぷりと親から愛情を貰えずに大人になってしまった人達です。

 

毒親と呼ばれる定義は様々ありますが、育った環境の子ども達からいわせると、親が素直に子供に愛情の言葉を発せずに、自分自身の弱い心を護るために子供への愛情の注ぎ方が歪んでしまった、ちょっといびつな家庭を指す言葉に変化してきてる気がします。

 

隣の芝生が青く見えて仕方がないんですよ。

 

暴力をふるったりお酒に酔いつぶれたりが日常茶飯事のご家庭の根底にあるのもまた、親である前に一人の人間ですので、弱い自分を隠したくて見せたくなくて現実から逃げたい気持ちが心の全てを埋め尽くしてる結果でもあります。

 

客観的に文章にしてみると、そんなの子供じゃあるまいし、もう立派な大人で子供作るべきじゃなかった!と思う方もいるでしょう。

そうなんですよ、子供なんですよ。

 

心が一定の年齢で止まったまま成長しきれないまま身体だけが大人になってしまった。

でも……恋に年齢は関係ありませんよね。保育園でも恋はありますし(無垢で未熟ですが)。

生き物やぬいぐるみに母性を感じて可愛がる気持ちは、幼稚園の頃からでも発生しますよね。ペットを飼ったり新たに新生児が生まれると芽生える子もいますし。

 

心が子供のまま身体が大人になった人の心には、二面性がずっと付きまとっています。

 

親からの愛情を貰えず愛情をずっと欲し、誰でもいいから「偉いね」って頭を撫でて欲しい、褒めて欲しいという切望と、もう親になったんだからしっかりしないと!我慢しなきゃ、弱音なんか吐いたらダメ!と自分の感情を押し殺して小さな器にぎゅうぎゅうに欲望を圧縮して詰めている。

詰めて詰めて押し込み過ぎたら、小さな器はどうなるでしょう?

 

感情という圧縮されたものが隙間から零れ落ちるか、器そのものが劣化によってヒビが入り壊れるか、どちらにしても元に戻すのにしても時間が掛かるのは容易に想像できますよね。蓄積された年月が長すぎるから。

 

小さな器が割れるのは、本人にもわかっていません。

ですので、子供を持ち親となってから器が壊れることもあれば、もっと前に壊れることもある。

どちらにしても、圧縮しまくった感情が解放され大きな波となって本人にぶつかってくるので「受け流す」ことが出来ないんです。

できていたら、周囲に感情を爆発させて迷惑かけていないですからね。

 

幼少期の記憶、あなたはどの位の年齢まで覚えていますか?

楽しい思い出は、何歳ぐらいの時でしょうか?

 

辛かった、嫌な気持ち怖い気持ちはどうしても心に傷が残り癒すのに時間が掛かるため、記憶に残りやすいですし、楽しい思い出より「恐怖」は五感全てに刺激を与えるので、感じ取りやすいです。

必ずしもそれが悪いことかといえば、それはNOだと思います。

「こうなったら怖い、痛そうだった」と鮮明に恐怖を感じていたら、それをあえて他人にしようとは思いませんよね。だって実行に移すと怖い記憶が蘇ってくるんですから。

 

知識として本を読むことも大事ですけど、それ以上に大事なのは自分自身で体験すること。悪いことをして母親や父親に注意して怒られたあとに、怒った理由をきちんと子供へ説いて聞かせられるか、子供は言葉の裏の意図まで組めません。言葉そのままを受け取ります。抱きしめながら子供ときちんと顔を見つめ合って接したことはありますか?

 

人の心音を聞いていると、不思議と安心しますよね。

遠い記憶だけが覚えている胎嚢から毎日聞いていた母親の心臓の音。

 

幼少期に両親から抱きしめて貰った経験がなく、頭を撫でて褒められたこともなく、好き、愛しているという言葉を両親の口から聞いたことがないまま育った子供は、間違いなく「両親は自分のことを好きではない」と思い込むようになります。

 

逆を云えば、幼少期に両親から抱きしめて貰った経験がなく頭を撫でて貰うことも褒めて貰う事も好き、愛しているという言葉を聞かないまま思春期を迎え、身体が大人になった人達は「愛情の体験」が無いので、愛情を他人にどう接していいのか分かりません。やられたことがないから。

自分に置き換えてみたら判るでしょ?という言葉の意図が当人達は経験がないので置き換えられません。本当に判らないんです。

 

するとどうなるか。

見様見真似で誰かがやっていた事をやってみたら相手が喜んだ。

あ、こうすると相手は喜ぶんだ。一つ学習するんです。

 

本来であれば幼少期、保育園時代や幼稚園時代、欲した感情が貰えていたら、この感情の体験学習から得られるものは凄く多いはずなんですね。

自分がされて嬉しいことを相手にしたら、どういう反応をしめすのか。その繰り返しを行いつつ自分に置き換えて考えてみることも出来るようになる。

 

でも、その体験学習が無いと、心に満たされない切望しかなかったら、大きなブラックホールだけが残りずーーーーっと切望した気持ちだけが奥底に潜んでいます。

潜んでいるだけなら良いのですが、顔を出すると何が起きるか。

 

癇癪を起して母親の感情の様子をうかがって見たり、切望した感情を得るために何をやっても許されるのか実験をしたりします。

小さい子供がそれをするなら可愛いものですが、大きな大人がそれをすると周囲はびっくりしますし呆れますよね。

でも、当人の心の奥底にはずっと潜んで消えていないので、年齢関係なく顔を出します。子供を持つ親になったとしても、顔を出します。

 

子供を持つ親が心の奥底にしまい込んでいたものが外に溢れた場合、愛情の切望の矛先は子供に向けられます。

子供の年齢よりも、親の精神年齢が低いことが原因で起こりえる現象。

 

ここで、子供がお母さんやお父さんは本当に子供みたいで世話がやける、と自分(子供)自身の愛情を押し殺して両親の愛情の切望に応える側になるか、

受け止めきれずに、一体なんなの、そんなの知らないし!もう大人なんだから自分でどーにかしてよ!距離を置くか。

 

子供にとってはどちら側に回っても、愛情を受け取ることはままならないので、うまく愛情を得る方法を模索し心の切望、ブラックホールが生まれている自覚をもつことが重要になっていきます。

 

そうそう、今自覚という言葉を使いましたが、毒親と言われる人達は、心に愛情の切望、ブラックホールを持っている、という自覚は無い場合が多いんです。残念ながら。

だから、誰かが褒めて貰えるまでがむしゃらに頑張る人もいます。

いつか誰かが自分を見つけてくれて認めてくれたら「頑張ったね」と褒めてくれるかもしれない。母親や父親から言われたかった愛情の言葉をずーーーーーーっと探し歩いています。

 

自覚するとね、振り返ることができるようになるのが大きいです。

ブラックホールをいつ作り出したのか、愛情を欲してたけど押し殺したのは何歳だったか過去から現在までの様々な記憶の砂を拾い集めて、自分の行動を見直すことができるようになります。

 

この見直す状態から今の等身大の自分と両親を比較し、似ている部分や似てない部分、影響を受けたと思われる記憶にいきつくことが出来たら、毒親で育った、という経験と他人の芝生を羨ましく思い悲観に陥ることはなくなります。

過去は過去であり、生きている自分が進む道は未来であり前ですからね。

 

 

 

と、なぜこんな話をしたかといいますと

新居に移った後に、幼少期から考えていたこと、感じていたこと、母や父の育った環境から想定する自分の考えを一切合切全て心の気持ちを話したことがあります。

 

母からでた言葉は、

「そんな風に感じていたなんて知らなかった。ごめんなさい。これからはあなたに迷惑はかけないようにするから」

 

言葉の裏の意図を読み取らず、親というものはこうするものだという認識だけで生き貫いてきたからこそ、子供に拒絶されたように感じて出た言葉だとぱんだは受け取り、呆れたんです。

 

現にその後、父が入院手術退院した時も、事後報告だけでした。

 

「迷惑をかけないようにする」

 

この言葉は、相手の顔色を窺って生きていた人が発すると言葉通りとなり、相手が心配したり怒ったりといった感情を揺るがす行動をなるべく避けます、という自分の感情を押し殺した上での発言になり、迷惑をかけるという行為が凄く重大で悪い事だという認識が生まれている証明でもあります。

 

本当の迷惑は、事後報告で済まして受け取る側の気持ちを蔑ろにしたことなのに。

母にそれを伝えたところで理解して欲しいとは思いませんし、して貰おうとするには長い年月がかかり過ぎてしまっています。

 

 

 

 

自分の感情を押し殺して我慢することで、何かが丸く収まると自分自身へ言い聞かせているなら、その行動は本当にあなたが心の底から望んでいる行動ですか?

迷惑をかけたくない、かけないようにするの意味を吐き間違えていませんか?

隣の芝生は青く見えるかもしれません。

みんな青く見えています。

思い当たる言葉や行動、記憶があるなら、自覚していきましょう。

過去を振り返えり、今歩く場所は後ろではなく前です。

 

理解と歩み寄り、自覚をもって。

親でもあって一人の人間です。許さなくてもいい、理解するだけでも捉え方は変わってきます。

 

ぱんだも時々事後報告になっちゃって、相方に諭されていますので強気なことはいえないんですけどね。

 

津々浦々に想いを馳せて、毒親になる過程、心境でした。

最後までお読み頂きありがとうございます。