ぱんだの徒然日記

無二ぱんだが料理やスイーツ、気になる事を追求していくブログ

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無題(HSPの方は読まない方が良い)

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さて世界中で一番治安が良いと誇れる場所であった日本で最悪な事件が起きてしまいました。

事件が起きたとき、ぱんだは過去におきた秋葉原の無差別殺人事件を彷彿とするTwitter上での写真のバラまき心情が令和になっても心は変わっていないんだと落胆致しました。

ぱんだと同じ世代、または上の世代の方であれば、はるか昔携帯のカメラを撮影するときに音は鳴らなかった事実を覚えていますよね。

なぜシャッター音が鳴るようになったのかの意味も。

 

昔よりも技術が発展したことにより、より最悪なリアルを伝える手段として動画が撮れるようになってしまった。

HSPという言葉や感情が優先されるようになった令和という時代において、感情が暴走した結果が、打たれる現場の動画、倒れて血を出すご遺体の動画、犯人を取り押さえる動画が、現場におきた痛ましい衝撃的な事件となった途端に人の心を狂気へと変えてしまう今が、ひどく怖い状態に見えてしまいました。

 

真実をただただ伝えようと拡散される痛ましい画像、動画。

痛ましい事件に心がざわついてしんどいと、死から距離を取る人。

センシティブな動画や画像を控えるような処置を取ったSNS。

センシティブな動画や映像を永遠と国民1憶以上が見ているメディアに載せて見せ続けるニュース報道。

 

多様性と呼ばれるようになった令和も、昭和の時代と心の根底にあるものは何一つ変わっていない。

そんなことをTLを眺めながら感じてしまいました。

 

「優しさ」とは何を指すのでしょうか。

死から距離を取ること?

いまある出来事に正面から向かいあうことを強制すること?

真実と淡々と伝えること?

 

事件から6時間が経過したTwitter上では、「今日ではなく昨日と同じ平常を過ごす」を選択した人々に溢れていました。

 

ふとぱんだはHPSの方達には申し訳ないのですが、きついことを思ってしまったのです。何もこんな時に書かなくても良いんじゃ?と思いますが、今だから吐露してしまっても良いでしょう。

 

辛い出来事や衝撃的なことを自らの事として捉えてしまい、心臓がざわついて眠れなくなってしまったりする人達が令和になってから凄く顕著になりましたよね。

その背景には、阪神大震災や3.11の関東大震災、アメリカ同時多発テロのような映像として視界に飛び込んできたあり得ない出来事が発端かもしれませんが、少なからず昭和生まれの人達は、これまで数多くの衝撃的な映像や事件をメディアを通じてみてきた事と今を比較すると、HPSと呼ばれる人達はこの時のことを全て自分の中では「無かったこと」として過ごしてきたのでしょうか。

 

決してHSPの人達を責めるつもりはまったくありません。

 

ただ、リアルでおきた事件の裏にはリアルな死と直面せざる得ない人達がいて、悲しみに暮れている人達がいる、ということを少なからず頭の隅に思ってくれないか?

第三者であるぱんだがいうことではないんでしょうけどね。

 

自分の事と捉えて心がざわついてしまう心理が、果たして死に直面したことがないから耐えられない、という理由だけであるなら、当日でなくても死と直面する時間を持っても良いのでは?と思ってしまったのです。

今これを書いているときでも、どこかで誰かが死と向き合い悲しみに暮れている。懸命に生と死と向き合い未来へ向けて戦っている。

その人達がいること全てひっくるめて「無かったこと」として蓋をしめてしまうのは、自分達の身内じゃないから出来る行為じゃないですか?

家族や身内に死に関わるできごとが起きた時、今までの事と同じように、蓋をしめて時間が過ぎるのを待つことが出来ますか?できないですよね。

 

なんだか、死と向き合い悲しみに暮れている人がいる状態の人達に寄り添わないのは、死への冒涜のように感じてしまったのです。

当人達には決してそんな気持ちは無いと思います。

でも、でもね。実際に病院で結果を受けた訳でもないHSPのそれはあくまで後天性のものであって先天的なものではないんじゃないか?

 

いわば、家族の口論や死と一切関りがないように、温室の箱の中で大事に大事に育てられた人達。どうやって受け止め向き合ったら良いか判らないから、衝撃すぎる出来事に直面すると心がざわつきいてもたってもいられなくなり-------------------------------蓋とする。

 

実際にPTSDになっている人達は別です。向き合った結果、心に傷がつき欠けてしまい傷が治っていない人達だから。

 

戦争を経験してきた世代、フェデックス80便着陸失敗事故、阪神大震災や3.11の関東大震災、アメリカ同時多発テロ、昨日までの日が突然非日常と化した1日を経験した世代との心を比較すると、なんて脆いのでしょうか。

大正、昭和を生き抜いてきた世代のなんて強い精神力。

 

子は未来へ繋ぐ宝です。

でもちょっと……大事に育てすぎていませんか。

辛い出来事や死としっかり向き合い前を向いて生きていける死の捉え方、受け止め方を教えていきませんか。できたら思春期に入る前に。

耳を塞ぎ、目を隠し、ここはあなたの生きている場所とは違うから、関係ないからと箱に仕舞った結果が、HSPの増加の要因の一つになっている気がしてなりません。

 

なぜそう思うかって?

 

さきほど話した戦争を経験してきた世代、フェデックス80便着陸失敗事故、阪神大震災や3.11の関東大震災、アメリカ同時多発テロをリアルタイムで経験してきてる世代に、HSPは少ないと感じているからです。

両親を見ているとね特にね。

 

何度もいいますが、HSPに関して否定しているつもりは全くありません。

 

私毎でありますが、放任主義、教育熱心の家庭で育ち、世間的にいえば毒親に育てられたぱんだの幼少期からの家での生活はHSPの生き方に当てはまりますから。

当てはまるからこそ、思うんです。

直面してこなかったんじゃないか?と。

 

ぱんだの母は看護師でした。いつも死と向き合っていた。

だから、身内や親族で死が訪れたとき、ぱんだが6歳だろうと葬式に参加しましたし、土葬だった田舎の葬儀にも参加しました。

死というものの捉え方、向き合い方と時間をかけて己の中で処理を行い前へ進む術を身に着けていきました。

1年に1人訃報が入る家系でしたから。

 

それが幸か不幸かはさておき、この幼少期からの経験から、19歳のときに同級生が事故で亡くなったことを新聞で知った時、当時のアルバムを引っ張り出し連絡をし香典を私に行ったとき、心がざわつくことはあっても、蓋をして無かったことにしなかったです。空しくはなりましたけども。

 

 

他人の死のときは、蓋として逃げるけど、家族や身内でおきたときはちゃんと死と向き合います、となるとちょっと違うと思うんですよ。

そこの違いは何かといったら、当事者かどうかだけじゃないですか。

当事者になったら蓋をすることは不可能に近いから。

 

まぁ多様性となった今となっては、ぱんだの考えを強制つもりは微塵もありません。

ふと思ったぱんだの独り言です。

 

おやすみなさいませ。