ぱんだの徒然日記

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セクシー田中さんの問題で、小学館&日本テレビ報告書を読んで

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セクシー田中さんの原作者芦原妃名子氏が28日から行方不明となり捜索、翌日29日に栃木県にて死亡が確認。遺書もあり自殺とみているとニュースが速報で入ってきたのは、今年1月29日のできごと。

 

それから様々なことがあり、日テレ側、小学館側とそれぞれ最終的な報告書を公開しました。

 

原作を読み、ドラマも一つ一つ記事にし、速報のニュースに絶句し悲しみに暮れた日々。

日常や役立つことを本来は記事にすべきなのでしょうが、なんというか……自分の中のけじめとして、最後までやらなきゃいけない責任があると思ったので自己満足でやらせていただきます。

報告書を書き出しながら、訃報部分でやっぱり涙が出てしまった。

 

まずは、それぞれの報告書リンクを貼っておきますね。

 

小学館

株式会社小学館 特別調査委員会 調査報告書2024年6月3日付>>>報告書全90ページ

 

日テレ

日本テレビ放送網株式会社 ドラマ「セクシー田中さん」社内特別調査チーム 調査報告書2024年5月31日付>>>>>>>報告書全97ページ

 

報告書に登場する関係者・登場人物

 

小学館と日本テレビ、双方で担当者名称が異なるのですが、読んでて分かりにくいので、小学館側の通称名のまま全て記載していくことにします。

括弧内で表記している英字は、日本テレビ側で表記されている担当名称です。

 

小学館社員A氏(C氏):日本テレビ側の担当者Y氏(A)と芦原氏と連絡協議担当 芦原氏と2008年、2017年から亡くなる2024年1月29日までの担当編集者。

芦原氏との連絡手段はメール、LINE。

日本テレビY氏との連絡手段は電話、メール。

 

小学館社員B(D):芦原氏と直接的な付き合いは無いが、芦原氏の過去ドラマ化&映画化した「砂時計」及び「Piece」ドラマ化を担当、上司より芦原氏が映像化に関し大変に丁寧に監修をしていた作家であると聞いていたので、今回も作家側の意向は映像作家側へ伝えるべき事項だと示していた。

日本テレビ社員Y氏との連絡は電話。

 

小学館社員C:砂時計、Pieceのドラマ化の担当編集者

小学館社員G:社員Aの直接の上司

小学館社員F:過去炎上を何度も経験している

 

日本テレビ社員Y氏(A):日本テレビ社員でドラマ制作脚本家の担当。小学館側の担当窓口 プロデューサー (今作が初の連続ドラマのプロデューサー)

原作があるドラマ制作において、原作者と会うという認識は持ち合わせていなかった。

 

日本テレビ社員X氏(B):Y氏の上司 チーフプロデューサー (映画&テレビプロデューサー団体の協会理事)今回のドラマ制作において、原作者と会って話すべきであるという認識でいた。

 

本件脚本家:途中から日本テレビ社員Y氏により抜擢された脚本家

 

報告書の内容の相違

小学館側:芦原妃名子氏の訃報を偲ぶと共に、これまでの経歴から始まりメールの送信履歴を日付、送信時間すべて報告

 

日本テレビ:ドラマ制作にあたる一連の流れを説明するところから始まり、本件調査は芦原氏が亡くなった原因追及に向けての調査ではなく、今後どうするかに向けての調査であり、日本テレビ側の関係者へはヒアリングのみで「〇〇さんがこういってた」「いった、聞いていない、聞かされてない」という文面、一部分のみ送信履歴を掲載。

 

小学館と日テレの報告書から読み取れる怒り

小学館は出版社で漫画家(原作者)さんと編集者の立場なので、報告書から読み取れる怒りは、ドラマ化するにあたり綿密に原作者の要望を伝えていたはずなのに、それが伝わっておらず、嘘をつかれていたところに対する怒り、原作者が亡くなってしまった悲しみからくる怒りがにじみ出てる。

 

一方、日テレ側からも怒りがにじみ出てる…というか、もろ原作者に対し否定的な言葉を本件脚本家とY氏がやり取りしてる文面がそのまま掲載されており、漫画を映像化するとたくさんの人が関わり、原作通りにはいかないのに「自分の我儘ばかり通して融通が利かない原作者」という認識の怒りが読み取れる。

こんなにも原作通りにしないと嫌だという難しい作家だと判ってたら最初から受けなかった!と本件脚本家さんも発言してるし。

 

 

本件脚本家の不満が爆発した一番の箇所は、原作をアレンジする創作文へのクレームとクレジット明記の問題だと思われる。

 

 

原作者が闘っていたモノ

自身の作品、世界観、キャラクター、ペンネーム、そしてその作品を愛してくれている読者の気持ち、セクシー田中さんに掲載するダンスを監修したダンサーの講師の名誉を守りたい一心でひたすら「著作者人格権」を主張していた。

 

小学館側報告書41より。

10月21日13時49分

社員A、​​芦原氏へ、LINEにて日本テレビ社員X氏から次に日本テレビに返す第9話、第10話の修正点について一言一句でも変えたら脚本家変更で日本テレビ社員X氏自身が本件担当脚本家と話す約束したことを伝え、監修を続けて貰えるか打診。

 

芦原氏、社員Aへ、LINEにて「本件担当脚本家さんには、今すぐ替えて頂きたいです。最初にキチンと、終盤オリジナル部分は芦原があらすじからセリフまで全て書くと、お約束した上で、今回この10月クールのドラマ化を許諾しました。約束が守られないなら、Huluも配信もDVD化も海外版も全て私は拒絶します。

本件担当脚本家さんのオリジナルが少しでも入るなら、そもそも私は9話、10話永遠にオッケー出さないです。本件担当脚本家の度重なるアレンジで、もう何時間も何時間も修正に費やしてきて、限界はとっくの昔に超えていました。

日本テレビ社員X氏さんが間に入ってくださった、というのを信頼して今回が最後と思ってました。けどまた同じでしたので、さすがにもう無理です」と返答。

 

 

ドラマ化するにあたり、通常テレビ制作側とは書面で契約書を交わすようですが、この契約書には原作者が闘っていた「著作者人格権」を「著作者人格権は行使しない」一文が含まれていることが多いようです。

「著作者人格権は行使しない」とは、原作者が闘っていたモノすべてをテレビ制作側譲渡しますよ、クレームは一切しません、どうぞ自由に使ってください、という譲渡契約が含まれているようです。

 

過去の映像化された作品で経験を得ていた原作者だからこそ、書面契約を交わさずに「著作権人格権」を守るために「口頭で契約」したように感じます。

 

契約書をきちんと取っていなかったのが問題との声が多数出ていますが、それは業界側の視点での話であり、契約書にサインをすると、著作者人格権での主張は出来なくなるので、クリエイター側の気持ちを無視した発言としか思えません。

 

本件脚本家、日本テレビ社員Y氏が闘っていたモノ

脚本のクレジット問題が一番大きかったのかな、と。

原作者が脚本を手掛けた9話と10話にも自身の名前を載せてほしい、せめて協力という形でもいいから、と訴えていました。「原著作者」として。

 

報告書から抜粋しますが、

脚本を書くことを生業とするすべての人達の権利を守るためにもクレジットは守らなければならない

日本テレビ報告書33より

 

日本テレビ社員X氏は、日本テレビのライツ部門に状況を共有し、同部門の顧問弁護士であるP氏に本件脚本家の「クレジットの約束が守られないのであれば、9.10話で本件脚本家のアイデアを一切使わないでほしい、それができないのであれば8話までの私の脚本を使わないでほしい。」という発言の法的根拠について確認を依頼した。

日本テレビ報告書34

 

P氏の見解は、この時点で脚本利用契約が未締結であるので、脚本家は原著作者(二次創作の権利者)であるため二次利用の指し止めは可能であるということであった。

本件脚本家は弁護士と相談し、9.10話に本件脚本家のアイデアが使われているので、クレジットの約束が守られないなら、放送・配信の差し止めを法的に要求するという趣旨の警告をした。

日本テレビ報告書41

 

キャスト・スタッフのために放送の差し止めや差し替えを強行するつもりはないが、クレジットについては譲れないので、譲歩した形で小学館と調整を行ってほしい

と伝えたりしていますからね。

 

このクレジット問題に関して根が深いと感じたのは、本件脚本家に日本テレビ社員Y氏、X氏が直接会って、クレジット表記に関して怒りを収めて納得させようと説得していたのがいけなかったように感じます。

 ↓ ↓ 下記文面

 

「協力」でのクレジットの表記については小学館から拒絶されたこと、本件原作者が協力クレジットに口を出す権利はないということは小学館もわかっていること、日本テレビとしても本当におかしいと思っており、戦いとしては放送を強行することもありうるが、それでは放送はできても、二次利用や配信は全部ストップしてしまうので、本件原作者の意向に応じざるを得ないことを伝えた。

日本テレビ報告書42

 

まぁもっとも、二次創作の著作権としての権利を主張していたところで、それはあくまで二次創作であって、原作があるのであるのであれば、原作者の発言は通すべきだろうとは思いますが、そこが「0から作品を生み出す原作者」と「1から作品を生み出す原著作者」の違いで、双方の認識の相違も、原因の一つだったように思います。

 

9話のみでも「協力」としてクレジットされるなら不本意ながら皆のために我慢しようと思っていたが、それすら認められないということなら、承諾はできない、原作者の著作権、人格権をまったく侵害していないのに、なぜ原作者が放送差止めの権利があるのか、なぜ一緒に戦ってもらえないのか教えて欲しい

と本件脚本家が、日本テレビ社員Y氏へ訴えているのですが、

 

そもそも本件原作者が8話が完成するかしないかの段階で、本件脚本家が原作をアレンジしたり、エピソード順番入れ替えやセリフの変更を幾度もしてきたことにより、脚本家を交代してほしいと訴えていたのを日本テレビ社員Y氏は知っていたはずなのに、それを無視し、一切本件脚本家へ伝えていなくて「原作者が我儘を言ってる」ニュアンスだけを伝えていたので、こういったすれ違い問題は遅かれ早かれ想定できる問題だったように感じます。

 

それが分かるのは、小学館報告書にある、小学館社員A氏へ伝えていた、日本テレビ社員Y氏の送信履歴です。

小学館報告書50~53

 

10月22日1時48分

日本テレビ社員X氏、社員Aへ、脚本家交代を前提にした上で、その約束に沿う形で進める方向であったが、送信したプロットで「うんざりされたということであれば、来週先生にいただけた内容で別作家と脚本家する場合、本件担当脚本家が第9話、第10話脚本にクレジットを入れることが難しいか?」質問を送信。

 

11月14日

日本テレビ社員Y氏、本件担当脚本家へ電話。

本件担当脚本家の希望であった「第9話、第10話内の『原作・脚本 芦原妃名子』『脚本 本件担当脚本家名前』」というクレジット案は、芦原氏の了承を貰えず、脚本家クレジットとして、「9話は芦原先生のみとし、10話は最終回なので全員クレジットとして1~8話の脚本クレジットは本件担当脚本家名前、9,10話の脚本クレジットは芦原氏」というクレジットであれば芦原氏の了承が得られる旨を伝えられた。

 

本件担当脚本家からは、自分の希望クレジットが通らないのであれば第1話から第8話まで執筆した自分の脚本について、二次利用も含めて使用しないで欲しい旨主張されたと話していた。

(本調査委員会の質問に対する回答より)

小学館報告書52

 

 

なんといいますか、プロデューサー、チーフプロデューサーが実際に会って説得、納得するように動く行動力はあるのに、本件脚本家の譲れない思いが通じなくて謝罪するときは、メールのみで終わらせているんですよ。

逆じゃない?

 

小学館側のA氏が本件脚本家の方のケアはきちんと行っていますか?と言っていたのにも関わらずこの対応は、流石にどうかと思います。

 

視点を変えてみると、それだけ新人プロデューサーの負荷が大きすぎて、周囲に気を配る配慮すら頭から抜け落ちていた…とも捉えることができますが、それなら、上司であるX氏…チーフプロデューサーが常にY氏から相談が気軽にできる環境を作れていたら違っていたと思います。

 

本件脚本家のSNSの投稿の背景

本件脚本家がインスタグラムに投稿するにあたり、日本テレビ社員Y氏、日本テレビ社員X氏は投稿する旨を聞いていたことが報告書から分かります。

 

日本テレビ報告書45

2023年12月6日

日本テレビ社員X、日本テレビ社員Yで本件脚本家に会いに行った際、本件脚本家からSNSへの投稿を考えている旨伝えられた。

本件脚本家はその際、ドラマのクレジットを決める権利は日本テレビにあるのに、協力クレジットまで原作者が口を出すのはおかしいと憤りを感じていた。

日本テレビも同様に感じていると伝えられていた。

本件脚本家は「一切名前を出すなというのがやっぱり道理として納得できない」として、泣き寝入りすることはすべての脚本家の尊厳にかかわると述べ、SNSに投稿するとしても、私がやったこと、嘘のないこと、最後まで協力したということは書くという趣旨の発言があった。

 

ここで交渉ないしケアをしたら違ったのかもしれませんが、チーフプロデューサーの考えは違いました。

 

アカウントの発信を止めると、表現の自由の問題がある上、本件脚本家はクレジット問題に関して法的処置の可能性を示していたことから、その場で投稿を止めることは逆効果であると考えた。逆に、不満に思っていたクレジットの件を納得頂くことで、SNSの投稿を止めることが得策だと考えたという。

日本テレビ報告書45

 

クレジット問題で本件脚本家のケアが十分にできなかったあと、本件脚本家は心身ともに不調をきたし日本テレビ社員Y、Xとの間にストレスがあったように見受けられ距離を取っていた間に起きた出来事が「インスタグラムに投稿(一回目)」でした。

 

投稿された翌日、日本テレビ社員Y氏から投稿を知らされたX氏は、本件脚本家に連絡を取るように指示をしていたようで、Y氏は連絡が取れないか本件脚本家に投稿を取り下げて貰いたい思いで連絡手段をなんとか取ろうとしていたが、拒否られてた模様。

 

1回目の投稿がされたとき、小学館側原作者はクレジット問題に関してのある程度話に決着がついていたのですが、日本テレビ社員Y氏は、本件脚本家に詳細を伝えてなかったあるいは、伝えていたが当人の脳内は自身の権利を曲げることは絶対に出来ないという精神が不安定になっており、馬耳東風状態だった可能性も否めません。

 

でなければ、下記報告書から抜粋の一文は生まれないと思う。

日本テレビ報告書46

本件脚本家によれば、クレジットを一方的に強行されたため、とても会って話をする心境ではなかったということであった。

 

 

日本テレビ社員Y氏は、その後も、怒りを収めてくれるように連絡を取ろうとあれこれ行いますが連絡が取れないまま、本件脚本家からインスタグラムへ2回目の投稿が上がります。

左の画像が1枚目、右の画像は2回目

本件脚本家がインスタグラムに投稿した内容

日本テレビ社員X氏はY氏に改めて本件脚本家に連絡を取れるよう指示し、

Y氏は9.10話の脚本料を支払いたいから会いたいとメールしてるんですが、本件脚本家はこれを拒否。

拒否している間に何をしていたかといえば、弁護士と相談し、二次利用において「脚本協力」として本件脚本家の名前をクレジットに入れるように要望する内容証明を作成し、日本テレビ宛に通知書を送っていました。(ドラマの最終回後の話)

 

一方、原作者はというと、

 

原作者のSNSへの投稿する背景

原作者がXへ投稿する背景には、小学館側社員数人と一緒に、投稿するにあたり内容を精査し修正を何度もした上で、投稿されたことがわかります。

 

小学館側報告書より56から

12月31日

芦原氏、社員Aへ、疲れたから1回漫画連載を休載したいと伝え、来年どこかで本件担当脚本家の投稿に対する反論文…芦原氏は反論文(芦原氏はアンサーと呼んでいた)を出したいとメールを送信。

 

小学館は、会社として特に対応はとらず、社員Bら日本テレビの反応を待つ姿勢であった。

 

1月10日

芦原氏が、面談した社員Cへ、本件担当脚本家の投稿に対しストレスを受け、原稿が書けないほどになっていると心情を話し、アンサーの公表を強く望む回答をした。

社員Cは、芦原氏の意向が固いと判断。

事実確認を行うため、認識している事実を時系列で書いて送るよう芦原氏へ求めた。

 

1月17日

社員Cへ、芦原氏から時系列文書が到来、社員A、社員Bに共有し、各自の記録・記憶にもとづく確認を行い

 

 

1月18日

芦原氏、社員A、社員B、社員Cを含む4人全員で小学館において確認し合った。

公表文の原稿は芦原氏が用意したが、社員Cが修正し、芦原氏の確認を求めるという方法で5.6回修正を繰り返して完成させた。

 

社員Cは、上司の取締役Iへ、アンサーを出すための協力をしていることを話し、

取締役Iは、芦原氏が漫画を描けないまでの状態になっているのであればやむを得ないと賛成し、反論文作成の際に芦原氏へ挨拶をした。

 

社員A、社員Bは、芦原氏の意向が確固たるもので、それに寄り添いたいという思いから確認作業に携わった。

 

社員Aは1月18日の芦原氏来社の際に、上司社員Fに状況を説明し芦原氏に挨拶するよう求め、社員Fは反論文掲載に賛成ではなかったが、社員Aの要請で労をねぎらうにとどめた。

 

1月26日に、芦原氏がXにアンサーを投稿する前において、小学館関係者には反対の意見を持ったものもいたが芦原氏の意向が固いことからあえて制止を試みた者はいなかった。

芦原氏が自分で投稿することを前提としたこともあってか、日本テレビに対する抗議等含めて小学館として、本件担当脚本家の投稿に対する対処がなされることはなかった。

 

1月26日14時30分

芦原氏、Xと芦原妃名子ブログに「ドラマ、セクシー田中さんについて」と題する長文を投稿し、事実関係と文章の内容も小学館と確認したうえで、第9話、第10話の脚本を書かざるを得ないと判断するに至った経緯や事情を報告。

 

原作者が小学館社員A氏、B、Cと共に精査した長文内容は、日本テレビ報告書47から抜粋

 

本件原作漫画は、自己肯定感の低さ故生きづらさを抱える人達に、優しく強く寄り添える様な作品にしたいという思いが強くあったこと、

ベリーダンスに関わる人々の思いにも共鳴しながら、担当編集と共に大切に描いてきた漫画である。

 

当初の数話のプロットや脚本をチェックしながら、最終的に本件原作者が10月のドラマ化に同意したのは6月上旬である。

 

本件原作漫画は、連載途中で未完、漫画の結末を定めていない作品であることと、当初の数話のプロットや脚本をチェックした結果として、ドラマ化にあたっての条件として以下を小学館から日本テレビに伝えてもらった。

 

・ドラマ化するなら「必ず漫画に忠実に」。漫画に忠実でない場合はしっかり加筆修正する。

 

・ドラマオリジナルの終盤も、未完の漫画のこれからに影響を及ぼさない様「原作者があらすじからセリフまで」用意する。

 

・原作者が用意したものは原則変更しないでほしいので、ドラマオリジナル部分については、原作者が用意したものを、そのまま脚本化する人を想定する必要や場合によっては、原作者が脚本を執筆する可能性もある。

・ 「この条件で本当に良いか」ということを小学館を通じて日本テレビに何度も確認した後で、スタートしたこと。

・ 毎回、漫画を大きく改編したプロットや脚本が提出されたこと。

 ・ 枠にハマったキャラクターに変えないでほしい、本件原作漫画の個性を消されてしまうなら、ドラマ化を今からでもやめたいと、何度も訴えたこと。

 ・ 変更してほしくない理由も丁寧に説明し、粘りに粘って加筆修正し、やっとの思いでほぼ原作通りの 1〜7 話の脚本の完成にこぎつけたこと。

 ・ プロデューサーが当初「ドラマ化の条件」として小学館から日本テレビに伝えた内容を、どのようにドラマ制作スタッフの皆様に伝えたかは知る術はないこと。

 ・ 当初伝えた「ドラマ化の条件」はどうなったのかという疑問を常に抱えた状態での加筆修正の繰り返しとなって、その頃には相当疲弊していたこと。

 ・ 本件原作者があらすじ、セリフを準備する終盤のドラマオリジナル展開についても当初の条件は守られず、大幅に改変した脚本が制作サイドから提出されたこと。

 ・そこで、当初の約束通り、とにかく一度原作者が用意したあらすじ、セリフをそのまま脚本に落としてほしい、足りない箇所、変更箇所、意見はもちろん伺うので、脚本として改変された形ではなく、別途相談してほしい旨を、 小学館から日本テレビへ申し入れたが、その後も、大幅な改編がされたプロ ットや脚本が提出され、それを小学館サイドが「当初の約束通りに」と日本テレビに戻すという作業が数回繰り返されたと聞いていること。

・ 状況は変わらぬまま約 4 週間が過ぎたこと。

・ 時間的にも限界を感じたので、小学館を通じて 9 話,10 話については、当初 の条件として伝えた通り、「原作者が用意したものをそのまま脚本化してい ただける方」に交代してほしいと、正式に小学館を通じてお願いしたこと。

・ 結果として、日本テレビから 8 話までの脚本家は 9 話、10 話の脚本には関わらないと聞いたうえで、9 話,10 話の脚本は、プロデューサーの要望を取 り入れつつ、本件原作者が書き、脚本として成立するよう日本テレビと専門 家で内容を整えるという解決策となったこと。

 ・素人の原作者が見よう見まねで書いため、力不足が露呈する形となり反省しきりであること。

・ 本件原作漫画の〆切とも重なり、相当短い時間で脚本を執筆しなければならない状況となり、推敲を重ねられなかったこともも悔いること。

・9 話,10 話の脚本にご不満をもたれた方もいると思うこと。

・どのような判断がベストだったのか、今も正直正解が分からずにいるが、改めて、心よりお詫びすること。

芦原氏、投稿文の〆は「素敵なドラマ作品にして頂いた、素晴らしいキャストの皆さんや、ドラマの制作スタッフの皆様と『セクシー田中さん』の漫画とドラマを愛してくださった読者と視聴者の皆様に深く感謝いたします」と結んだ。

 

 

その後は、本件脚本家へ批判が集中し、小学館や日本テレビから直に声明文を出すべきだという声がSNSで炎上し、ニュースで取り上げられる事態となったのは記憶に新しい。

 

SNS投稿後、原作者側

小学館 報告書59

1月26日15時ころ

社員A、社員Fへ、芦原氏がX、またブログに投稿した文をプリントして渡す。

社員F、多くの炎上を経験したことがあり大変なことになったと思い、広報室への連絡を指示。

 

1月29日

法務室を交え、対策を協議することになり、外部からの問い合わせに対する対応マニュアルが確認。

社員A、直接の上司社員Gへ報告。

 

1月27日16時頃

社員A,社員B,社員C、芦原氏とオンライン会議を開き、大きな反響が起きているが大丈夫か?今後どうしたいかなど芦原氏のケアに努めた。

 

1月27日18時頃

社員A、社員Fから、芦原氏が思いは果たしたので、予期していなかった個人攻撃となったことを詫びるコメントを出し、投稿を取り下げることになったと連絡を。

社員Fは、社員Aへ、削除はかえって炎上が進むこともあり得るとして制止するように言うとともに、すでに全社マター(全社の責任)になっているとして、担当者だけで判断しないように強く指示。

 

社員F、週明けの会議に備え、社員Aの協力を得て「経緯説明書」を用意。

 

1月28日16時過ぎ

芦原氏、謝罪コメントを出し、Xの投稿を削除、ブログを閉鎖し、以後連絡が取れなくなった。

 

1月29日

芦原氏、亡くなられたことがわかり報道。

 

その後、

2月8日

本件担当脚本家、芦原氏のブログで書かれたことは初めて聞くことばかりであり、SNSをもっと慎重にすべきだったとのコメントを発表し、インスタグラムのアカウントに鍵をかけ数日後に閉鎖。

 

 

 

 

日本テレビ 原作者が投稿前後の対応

本件原作者は、本件脚本家のSNSは事実と違うため、本件原作者から見た事実を伝えたいので、ブログを投稿したいといっている旨伝えられた。

本件原作者の投稿の前にQ氏からK氏にも同投稿内容が共有された。

K氏はただちに社内に共有した上、日本テレビ社員Y氏とX氏は原作者ブログが事実と異なる点があると考え、これに対する説明資料の作成にとりかかった。

 

Y氏とX氏で考えた反論をもとに、K氏はY氏と小学館社員A氏のやり取りを提示した上で、本件原作者の投稿内容が日本テレビの認識と乖離していることを指摘した。

しかし、Q氏からは投稿は止められない旨の連絡があり、原作者投稿がなされた。

日本テレビ報告書49より抜粋

 

 

日本テレビ側の報告書にて、小学館側の関係者が原作者と食事をした際に話していた内容が掲載されているのですが、この関係者は、小学館側の報告書と照会すると、社員F氏であることがわかります。

 

セクシー田中さんの問題で、小学館&日本テレビ報告書を読んで

日本テレビ側の対応を否定する声明文が多く、批判が殺到しているのですが、

それは愛していた好きな作品、原作者がXとブログに投稿した内容に同情し、命の灯が消えてしまったやり場のない怒りの矛先が日本テレビへ向いている状態であると思います。

 

片方だけの報告書を鵜呑みにするわけには行かず、かといって日本テレビ側の報告書はヒアリングのみで何故メール送信履歴を載せていないのか?やましいことがあるのではないか?疑いたくなるのですが、日本テレビ側の報告書65くらいから掲載されている検証結果は、ドラマ制作現場において、他の原作ありのドラマ化制作でベテラン脚本家やプロデューサーはどうしているのか?

聞き取り調査を実施し報告しているので、ドラマ化制作においての問題点はこの内容で表明できているのかな、と感じました。

 

原作者・本件脚本家の投稿がされた後に、誰が悪いのか犯人捜しが始まり、チーフプロデューサーや本件脚本家が標的にされていましたが、原作がある作品をドラマ化する場合においてするべき思考や「当たり前、前提」である行動を持ち合わせて居なかった新人プロデューサーに全てを任せてしまったこと、環境が一番の原因ではないだろうか。

 

本件脚本家のインスタグラムの投稿へも批判が殺到したが、日本テレビ側の報告書及びプロデューサーとのやり取りを見ると、本件脚本家もまた大きな意味での被害者だと感じる。(本心から発言していたかは疑問が残るが)

 

「日本テレビ」を責めている人もいるようだが、どの企業でも何かの仕事をする際には様々な会社から人選が始まり、チームとなり作品が完成するとチームは解散するのが定石である。

 

学校という大きな括りの中にクラスがあり、クラスの中に班があり、学校行事などでは班行動がある。班でのルールもあり大前提として学校のルールも存在する。

責めるべきはその時集まったチーム関係者であり、日本テレビを責めるのはちょっと違うように思う。

 

まあチームを束ねているのは日本テレビであるので、制作現場においての声明ではなく、日本テレビは、どう考えているのか?の声を出しても良いと思いますけどね。

言質を取られたくない、臨機応変でその場限りではないから、一概にコレだと規約条件を発表出来ないと思ってるのかもしれませんが、今後原作がある作品をドラマ化する際の前提条件として決定しやすくないですか?

 

前提条件があれば、契約書面に小さく著作権人格者の公吏はしない旨の記載を設け、読んでいなかった相手が悪い、なんて騙すようなことは無くなりますし不信感なくクリアに物事を進めていけると思うんですけども。

 

 

日本テレビ社員Y氏、セクシー田中さんの作品が好きで大ファンであるとドラマ化の企画書を小学館側へ提案してきたが、男性視点からの作品の見方と原作者女性が問題提起し描いていた読み取りにズレがあったようにも見受けられる。

やはり、日本テレビ社員Y氏が、ドラマ制作において「原作者に会う」認識がなく、周囲は会うべきと思っていたならば、なぜそこで口を出さないのか?新人プロデューサーを育成するつもりなら余計にダメな部分はダメだと言わないといけなかったよなぁ。

 

 

テレビ側を擁護する訳でもないし、小学館側だけを擁護するつもりもありません。

願わくば、この痛ましい事件から、今後二度と同じ過ちが起きないように、全ドラマ制作において新人プロデューサー含むすべてのプロデューサーに、原作者の想いや気持ちを汲む教えを指導してほしいものである。

 

 

長らくの文章にお付き合いありがとうございました。

報告書からの抜粋が多いのは重々承知しているため、完全なる無二ぱんだ自身の中でのけじめとしてやりました。

もし記事が消えたとしても、抜粋が多かったことから注意を受けた、と思ってくだされば幸いです。

 

 

芦原妃名子さんのセクシー田中さんの原作及びドラマ、毎週憂鬱だった日曜日が、セクシー田中さんのドラマがあることでワクワクな日曜日に変わり、毎週見るの楽しみでした。

憂鬱だった日曜日を楽しい時間にして頂き、本当にありがとうございました。

芦原妃名子さんがあちらでゆっくり過ごされてることを願います。

お疲れ様でした。

本当にありがとうございました。