ぱんだの徒然日記

無二ぱんだが料理やスイーツ、ネットの裏側や隠された謎を追っているブログ

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ツユクサ(トンボ草)はトンボが食べるって本当?草花遊びから生まれた真実に迫る

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幼少期、昭和の時代に秋田県の田舎へ夏休みに遊びにいった時の思い出。

生活水路の脇にツユクサが群生していて

「このお花なあに?」田舎の叔母に尋ねると、

「それはトンボが食べるツユクサというお花なんだよ。とんぼ草ともいうね。トンボを捕まえたら籠にツユクサも一緒にいれておこうね」

 

幼少期のぱんだは叔母の言葉を聞き、トンボを捕まえてきてツユクサの花びらを押しあてると花びらをムシャムシャと齧っていたので「本当だ!とんぼはツユクサを食べるんだ!!」大発見をした気持ちで大喜びしていた幼少期の記憶。

 

が、大人になってからふとあの時のあれはいったい……違和感を覚えました。

だって、トンボは肉食昆虫だから。

植物は食べません。

 

ではなぜ大人は「ツユクサ(とんぼ草)はトンボが食べる」なんて言ったのか?

嘘でもなく、当時の田舎周辺のおばあちゃん達もトンボを捕まえてくると皆口をそろえてツユクサも一緒に入れとかないとね、と当たり前のように話していましたし。

 

ネットで情報を調べると東日本の子供の頃に、トンボにツユクサを与えた事がある人が多数いることが判りましたが、なぜ東日本だけなのか?

幼少期の不思議な思い出「ツユクサはとんぼが食べる」謎を徹底解剖してみると、草花遊びという文化的営みと、地域の自然との関係性が見えてきました。

 

ということで、ツユクサを中心に、草花遊びと民俗的な関係性を探っていこうと思います。最後までお読みいただければ嬉しいです。

地域により呼び名が変わっていった「トンボ草」

調べてみてわかったのですが、トンボ草は一種類を指す言葉ではありませんでした。

書籍や植物辞典を調べてみると、以下のように異なる植物が地域によって「トンボ草」と呼ばれていたようです。

 

青森県津軽&長野県&栃木県壬生町

トンボ草-ラン科 トンボソウ属トンボソウ(学名Platanthera ussuriensls)-湿地に自生。植物学的には、ラン科の多年草。

花の形がトンボに似ており、蜻蛉草とも呼ばれている。

という名前で原色日本薬用植物辞典に掲載。

画像は、こちらのサイトに掲載されていました。本来のトンボソウはこちら>>>トンボソウ - 野山に自然に咲く花のページ

 

関東

ヒメウズ(姫鳥頭)

トンボ草-キンポウゲ科ヒメウズ属ヒメウズ(学名Semiaquilegia adoxoides)

植物的には、多年草で白い花が咲き、畑や庭に生える。

原色日本薬用植物辞典によれば、昔子どもがトンボ釣りに使ったことからトンボ草と呼んでいた。

 

東北・岩手県

ツユクサ(露草)

トンボ草-ツユクサ科ツユクサ属の一年生植物(学名Commelina communis)

青い花が咲き、子どもたちがツユクサを潰してトンボの口元に当てる遊びがあった。

遠野市「いろり火の会」語り部記録より

 

出展は、国立図書館デジタルコレクションより一部抜粋・引用

原色版日本薬用植物事典 | NDLサーチ | 国立国会図書館

 

ちなみに、トンボ草と画像検索をかけると、ツユクサの画像が出てきて、本当のトンボソウの画像は出てきませんでした。

 

ここからわかることは、東北遠野で遊んでいた子どもたちがツユクサを潰してトンボの口元に当てる遊びがあったこと。

ここからツユクサに焦点を当てて掘り下げていきます。

 

ツユクサとトンボ 遊びの中で生まれた「食べる花」

ツユクサ(露草)は、青く儚い一日花として知られ、古くから日本人に親しまれてきました。朝に咲き、昼には萎んでしまうその姿は、万葉集では「月草」と詠まれ、移ろいやすい恋心や命の儚さの象徴とされていました。

 

しかし子供たちにとってのツユクサは、もっと身近で、もっと遊びに満ちた存在でした。

無二ぱんだの幼少時代、笹の葉を舟に見立ててて小川に流す遊びがあったのですが、その原型はツユクサの葉を折り舟に見立てて小川に流す遊びからきていたようです。

 

草花遊びの中で生まれたもの。

関東でヒメウズに糸を巻き付けトンボを捕まえる遊びと東北のツユクサをトンボの口元に当てる遊びが混合し、ツユクサ=とんぼが食べる花に変化していったのかもしれません。

 

 

 

さて、さらに民俗学を交えて掘り下げていきます。

 

「トンボに食べさせる花」としてのツユクサ

岩手県遠野市の語り部グループ「いろり火の会」では、昭和初期の子供たちがツユクサを摘まんでトンボに食べさせる遊びをしていたという証言があったり、

とあるブログ記事では、無二ぱんだと同じくトンボを捕まえてツユクサを持たせるとガシガシと花をかじる仕草をしていて、周囲では当たり前だったという証言が見つかりました。

2012年のブログ記事より露草(ツユクサ)をトンボに食べさせましたか? | 有限会社トミタ

 

これらから見ると、トンボが花を食べるという生態的誤認ではなく、子供たちが自然と交信する遊びの一環だったのではないか?

 

ということで、余談ですが他の草花遊びにはどういったものがあったかのか。

幼少期の記憶から紐解いていきましょう。

 

草花遊びの具体例

ツユクサ以外にも草花を使った遊びは日本各地に豊富に存在しています。

国立国会図書館デジタルコレクションに収録された「草花遊び」では約300種類の草花遊びが図解付きで紹介されています。

その中から、いくつか挙げていきます。

 

シロツメクサの冠づくり

ぱんだは器用じゃなかったので冠は作れませんでしたが、三つ編みが得意な友人はシロツメクサの花畑で冠を作ってみたり腕輪を編んでみたりして遊んだ記憶があります。

民俗学の本を多く執筆している柳田國男氏の「野草雑記」にて、「草花遊びは神事の名残」と述べており、冠づくりは自然との交感儀礼の一つかもしれません。

 

オシロイバナの化粧遊び

小さい頃遊びませんでしたか?

オシロイバナの種を潰すと中から白い粉が出てきて、お化粧として顔に塗ってみたり、ぱんだは地面に文字が書けるろう石の代わりとして使っていました。

これは宮本常一の書籍「民俗学の旅」にて草花遊びは子供の成長と地域の記憶をつなぐものと語っており、草花遊びを通して霊的な変化を促す儀礼的行為の一つでした。

 

オヒシバの笛

またオヒシバの茎を裂いて笛を作る遊びは、2つの草花遊びから見ると、音は昔の風習では神を呼ぶ手段の一つだったので、草花を媒介した音遊びは精霊(神)との対話とも受け取れます。

 

様々な草花遊び、pdfにて解説

 

遊びは儀式だった

柳田國男氏は著作「野草雑記」の中で、こう語っています。

青空文庫にて、柳田國男 野草雑記・野鳥雑記 野草雑記読めます。

「名は子どもの感覚により、遊びの中で自然に生まれたものが多い

また宮本常一氏の著作「日本の子供たち」の中で、草花遊びを「精霊との語らいの手段」と呼び、村ごとに違う草花の使い方があったことが記録されていました。

 

このことから、草花を潰す、結ぶ、供えるといった行為は、子どもたちにとって無意識の儀礼、自然との交信だったのかもしれません。

トンボに花を与える遊びは、単なるごっこ遊びではなく、自然と対話する文化的な行為だった可能性があります。

こうした草花遊びの記録は、東日本を中心に語り部の証言や町史の断片からみることができ、日常の遊びの中に、草花と精霊の境界を超えるナニカがあったのかもしれません。

 

「トンボ草」という名に宿る子どもたちの真実

「トンボ草」はとんぼが食べる花。

科学的な目で見れば、本来トンボは肉食で植物を食べないので間違った情報なのかもしれません。

しかし民俗文化としてみれば、植物との関わりを通じて語られた地域の記憶であり、子どもの感覚が生んだ真実なのかもしれません。

 

 

 

さて、またまたちょっと余談です。

ネット上で検索をかけると、ツユクサ=トンボ草という民俗学的な情報が優先され、本来のトンボソウの画像が検索から表示されなくなっていることが判明しましたが、同じような現象が、ツユクサの花弁を使った染色にも表れています。

 

ツユクサとアオバナの違い

アオバナは、正式名をオオボウシバナといい、こちらはツユクサ科です。

画像を調べると判るのですが、ツユクサによく似ています。

日本特産の染料植物として滋賀県草津市近辺でのみ栽培されてきました。

ツユクサにも花弁をすり潰すと青色が出て染色できるのですが、ツユクサは水溶性が高いため、水で洗うと溶けてしまい染料としては不安定で、アオバナの方が歴史的観点から見ても長いです。

 

しかし、東日本全体から見ると、アオバナの染料植物としての知名度は低く、どちらかというとツユクサの方が高いのが興味深い余談話でした。

 

 

 

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