ぱんだの徒然日記

無二ぱんだが料理やスマホ、スイーツ、感じた事を紹介する雑記ブログ

10年で変わったこと・変わらなかったこと

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はてなブログ10周年特別お題「10年で変わったこと・変わらなかったこと

はてなのお題から10年前の過去と10年後の今を比較してみてみることにしますね。

 

書きたい内容が無かったとかそんな事は全くありません。

時期じゃないなと思っただけです。

 

さて10年前にさかのぼるとぱんだは当時33歳。

 

ぱんだの周辺で起きた10年前の環境はというと

友人の結婚式に招待されるもご祝儀金を用意できず断る。東日本大震災が起こり、利用していた駅が翌朝まで運休になり会社の人に車で最寄り駅まで送ってもらう。

津波が田畑を流れていく映像を見る信号機が止まり街は真っ暗。交通整備をするために警察の方が信号機の代わりの役目で大勢いる。携帯は繋がらない。固定電話も繋がらない。翌朝出勤することは出来ず、仕事先に電話をしようにも回線止まり連絡不可能に陥りそのまま何もせずに家の事をする。

 

TVでは朝出勤する人達が駅に入場するための人数規制のため、大行列になっている状況説明の放送と茨城、福島の津波の怖さ、酷さの映像が繰り返し流れる。

CMは全て止まり、ACのこんにちはおはようぽぽぽぽ~んが永遠と流れる。このCMは当時の東日本の人にとっては飽きるCMでもありトラウマにもなる。

 

地震が起きて1か月の間は、余震が1週間に3回以上起こり、電車に乗っている時、ホームで停車中の電車内、バスを待つ間にも震度3程度の揺れを常に感じ続け、気づけば揺れの大きさを自身の体感から判定できるくらいには慣れるようになる。

 

一番大きなニュースが震災だったので、友人や知人、親戚との関係性が密になり、この年の漢字一文字は「絆」。

みんなで協力し合おう、助け合っていこう、励まし合っていこう、自分に今できることは何か?を模索し、単身ボランティアに出るフリーターの人も多かったように感じる。

 

この時に働いていた場所が実家から遠かったこともあり実家から交通の便も考えて近場の仕事を見つけ、今後何かの役に立つかもしれないと生命保険の事務処理の仕事についていたっけ。

この時の職場が30階建てのビルの20階とかで免震対応だったのだが、地震が来た際より大きな揺れをビルの土台がすることによって地震の揺れを回避させる構造を身をもって体験し酔う。

 

分かり易く例えるなら遊園地に必ず一つはあるバイキングっていう海賊船をモチーフにした振り子遊具があるじゃない?左右に大きくグワングワン揺れるやつ。

免震対応のビルは、あのバイキングに地震の揺れが完全に収まるまでずっと乗っている感じ。

 

一番大きなニュース、被害が大きすぎたものが東日本大震災が、10年前の一番変わった事。ネットゲームをしていたんだけど、この震災以降、連絡が途切れた行方不明のフレンドがいるという話が耳に入ってきたりして、今となってはあの時は~と話題に出来るけれど、当時は禁句のような重い話題となっていて、あまり触れちゃいけない雰囲気だった。

 

この震災で唯一復旧が早く繋がった携帯会社がソフトバンクだったため、ソフトバンクに加入する人が増えた印象もある。

また固定電話の緊急お留守番サービスにメッセージを入れたり携帯が利用不可だったから町の公衆電話を利用するしかなかったから、この時期はテレフォンカードの需要が少しだけ見直されていた。

 

鉄腕ダッシュのダッシュ村が立ち入り禁止になったのもこの年だったんじゃないかな。

福島原発の放射線濃度が高くて、ダメだったんだよね。

 

10年前を思い出そうとすると、出てくるのは東日本の大震災ばかり。

33歳の年齢じゃ強烈に鮮明に覚えているね。

 

周辺の環境は大きく変わった印象はあるけれど、根本的な部分はあまり変わっていないように思う。

あー、でもあれか。

当時ぱんだは借金があって返済をしていたり、色々黒い部分があって。

真っ当な生活をしよう、履歴書もクリアーにしよう、と思って、借金返済が終わるまで彼氏は作らない、外見でダメな部分、性格でダメな部分を磨いていこう、貯金を目標額貯めるまで独身で生き抜こう、って決意した時だったなー。

 

そのために友人が返却する必要は無いと言って渡してくれていたお金も給料が入り次第全て返済して、転職を転々としすぎてて履歴書に3年以上勤務していた経歴が書けないでいたから、次に就いた会社は3年以上は何が何でも勤務し続けるんだ!って覚悟決めてたねぇ。

 

10年後、43歳になったぱんだ。

10年前にした覚悟はできていたかといえば、全部出来てる。

目標額は達成して、外見で磨きたい部分は2年間通院して完治させたし、その当時就いてた仕事は4年間働いたし、借金も完済。

彼氏を作ったのは4年間働いた後だったしね。

 

多少自信がついて、自分の性格が明るくなったような気がする。

接客業で、毎日1000人の来客の人とお話したりクレーム受けたりで、パソコンと向かい合って事務仕事をしていたときの考えとは違った向き合い方を学べることが出来て、双方のメリットデメリットや仕事の合理性、考え方の視野が広がった感じがします。

判らないけどね(笑)

 

ぱんだの10年で変わった事は、環境の変化、覚悟、決意、意志。

変わらなかったことは、周りの友人達がずっと見守っていてくれたこと。

 

なんだかアナザースカイみたいになったなー。